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川上哲治のことば

「心が熱くなる365人の仕事の教科書」(到知出版社)から一話ご紹介します。
今回は、川上哲治、元巨人軍監督による「裸で生まれてきたに 何不足」です。


裸で生まれてきたに 何不足
川上哲治
元巨人軍監督

私は三割打っても少しも安心しなかった。これでもまだ駄目だ、まだまだという気持ちで練習したんです。

それでようやく自分の打つポイントで球を空中に止めた感じで打てるようになって、自分の打撃でのコツと言うのが自覚でき、持続されて初めて気持ちが楽になりましたね。

むしろ、求めてスランプをやっとると言う感じでした。

私が読売巨人軍に入団したのが昭和十三年で、翌年首位打者となり、十六年にも首位打者となったんだけれども、これは夢中で一生懸命にやっとるうちに首位になれただけで、打撃が分かってたわけじゃないですから。

本当に判ったのは二十五年ですから、途中戦争で三年間抜けていますので、やはり九年くらいはかかっていますよ。この間は苦労の連続でしたね。

昭和二十五年のある日私は、その頃の自分の打撃不振の迷いをふっ切るために多摩川のグラウンドで連日、自主特訓を重ねていたんです。

私は一球一球の手ごたえを確かめながら打っていたんですが、無心に打ち続けていたためにどのくらい時間が経っていたのか分からなかった。

その時、ふっとある一球が私の目の前で止まった、いや、止まったように見えたんです。

私はその止まった球をバットではじき返しました。打球は確かな手ごたえを残してあっという間に外野のフェンスに達していたんです。

何度やってもそれは、同じでした。こうしてやっと、私は打撃のコツと言うものをつかみました。

一度コツをつかんだあとは大変なプラスですよ。人から借りたもんじゃない。自分で体得したもんですからね。

自分でつかんだものはどんな時にでも全部プラスになりますから。監督になってからでも、非常に大きな支えになりましたよ。

私が監督をやっとる時には、王だとか長嶋だとか、森、藤田、広岡、金田といった実力のある有名な選手がたくさんおった。

こういう大選手たちに「何やっとるか。そんなへっぴり腰であのピッチャーの球が打てるか。こういうふうに引き付けてこう打たなきゃだめだ」と叱りとばせる。

監督が遠慮しとったんじゃ、チームはまとまりませんよ。自分はそういうことを選手時代に体験しとるんですから、善戦遠慮する必要はない。

悪いことは悪い、いいことはいいとしてやっていくからチームがまとまっていけるわけです。

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