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19世紀フランス文豪

19世紀のパリには、世界の文学史に名を残す文豪が3人いました。 『レ・ミゼラブル』を書いたヴィクトル・ユゴー、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』などで知られるアレクサンドル・デュマ、そして『ゴリオ爺さん』をはじめとする作品群『人間喜劇』を残したオノレ・ド・バルザックです。

ヴィクトル・ユーゴー Victor Hugo (1802-1885)

ユゴーは、18世紀フランスのロマン主義文学を代表する詩人、小説家であるとともに、政治家としても活躍した。七月王政時代には詩人として成功し、オルレアン家の保護を受けて生活し、『ノートルダム=ド=パリ』(1831)で人気作家となった。

二月革命で成立した第二共和政では、はじめはオルレアン派の立憲君主政の立場だったが、次第に共和派に転じて行き、憲法制定議会や立法議会の議員にも選出されるようになる。議会で王党派が優勢になるとそれに反発し、大統領になったルイ=ナポレオンを支持した。しかし、ルイ=ナポレオンがクーデタで議会を解散したてからは強く批判するようになった。

アレクサンドル・デュマ Alexandre Dumas(1802~1870)

十九世紀フランスの大作家。息子も同じ名前であるため、大デュマ(Dumas Père)と通称される。代表作『三銃士』『モンテ・クリスト伯』ほか多数。1802年、ヴィレル=コトレの町でトマ・アレクサンドル・デュマとマリ・ルイズ・ラブーレの長男(第三子)として生まれる。父トマ・アレクサンドルはナポレオン麾下の将軍であり、冗談だとしか思えないほどの怪力の持ち主だった。

生涯に書いた作品は厖大な数にのぼる。資料集めや構成や下書きを担当した“共作者”がいた。なかでもオーギュスト・マケが有名であり、著名な作品のほとんどはマケとの共作である。凡庸な下書きにデュマが手を入れると途端に見違えるように面白くなったともいう。

オノレ・ド・バルザック Honoré de Balzac(1799~1850)

フランスの小説家。トゥール生まれ。8歳からの6年間、寄宿学校に入れられる。17歳で代訴人の事務所に見習いとして入り、パリ大学法学部に通う。このころから文学者を志し、20歳のころパリ市内の屋根裏部屋に住んで小説を執筆し始める。

人間を観察し、その心理を精密に描きつつ、社会全体をも映し出す長短編小説を次々に生み出し、巨大な作品群によってフランス社会そのものを表す「人間喜劇」を形成していく。旺盛な執筆活動の他に、年上の貴婦人たちと数々の浮き名を流したことでも知られる。主な長編に『谷間の百合』『幻滅』『ゴリオ爺さん』など。

フランス革命

19世紀前半フランスは、18世紀末に起きたフランス後でウィーン体制下での王政復古、七月王政が続き混乱を極めていた。19世紀後半はナポレオン3世による第二帝政の統治下。


現代は19世紀末と似ている?

現代の自動車の原型が誕生したのも19世紀後半のことです。鉄道から自動車へと移動手段が変わったことで、人々の時間に対する感覚も変わっていきました。そうした中、1914年には第一次世界対戦が勃発しました。それまで貴族が中心だったヨーロッパ文化は、大戦以降、徐々に民衆のものになっていきます。

そして21世紀の今、ネット上では電子書籍などの新しいメディアが登場しました。アメリカを中心とする単純なグローバリゼーション(世界化)に疑問を持つ人々も増え、文化・芸術面で19世紀と似た状況だと言えるでしょう。将来、過去を振り返って、「20世紀末から21世紀初頭は大きな革命の時代だった」と言われる日が来るかもしれません。

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